L. ロン ハバードの史跡
エストレージャ・ビラ、カナリア諸島、ラス・パルマス
「私はクリアからOTに至るまでの調査などを成し遂げ、完全な結論へと前進させることができました。」 —L. ロン ハバード
1967年に発表されたこの声明は、L. ロン ハバードがより高い精神的自由の状態に到達し、彼の高度な調査が最高潮に達したことを受けてのものでした。 この重要な出来事は、ラス・パルマス、グラン・カナリアの大西洋を見下ろす崖の上にある彼の別荘と切り離すことはできません。
1967年2月にラス・パルマスに到着したハバード氏は、上級の調査の活動拠点としてラ・エストレージャのコミュニティーに住居を構えました。 L. ロン ハバードは、エストレージャと名付けたこの別荘で、他の人々が安全により高いレベルの認識に到達するためのルートを描きました。 そしてその作業を通して、ハバード氏は、上級コースの技術には、適用の正確さ以上のものが必要であることを知っていました。 その技術を守り、さらに発展させていくことのできる組織が必要でした。
ラス・パルマスに到着する前に、ハバード氏はこの必要性に応え、最終的にはScientology自体を再形成することになる進化を始動させていました。 「シー・プロジェクト」として知られるこのプロジェクトは、航海の経験や志を持つサイエントロジストへの呼びかけと、2隻の船—エンチャンター号とエイボン・リバー号—の取得から始まりました。 エストレージャにあるこの重要な拠点から、ハバード氏はプロジェクトを全く別のものへと発展させました。
決定的な瞬間は1967年8月12日に訪れました。L. ロン ハバードはフラッグ・オーダー1を発行し、次のように宣言しました。
「私たちの船と『シー・プロジェクト』は、今後はシーオーガニゼーションと呼ばれることになります。」
その瞬間、これまでにないレベルの目的を持ったグループが誕生しました。
そしてここ—まさにこの史跡で—ハバード氏はロンのジャーナル67を録音しました。これは、シーオーガニゼーションの発表と、世界中のサイエントロジストに向けた主要な上級の調査の完了を知らせる画期的な発表でした。 ここから彼は最初のフラッグ・オーダーと指令を発行し、シーオーグの象徴的なシンボルと崇敬される伝統を創り出しました。
最終的にこの拠点から生まれたのは、Scientologyの最前線に立つエリート集団であり、OTレベルの提供を唯一任され、Scientologyの高度な技術を永遠に確保し保存する存在でした。


